【特別寄稿】ブラックアウトとVE

虫明孝義(当会監事)

 2018年9月6日未明、北海道で地震が発生した。早朝のテレビ報道を聞く限り、それほどの大地震という印象はなかった。奇しくも私は当日より三泊四日の北海道旅行を計画していた。予定通り羽田へ行くと新千歳行きは欠航とのことでびっくりしたが、予約していた釧路行きは定刻通り八時に飛びたった。

釧路に着くと観光タクシーで三時間、壮大な釧路湿原の緑を楽しみ、都会では味わえない空気のさわやかさを満喫した。

昼過ぎに釧路市内に戻り、名所の和商市場で昼食をと思いきや本日休業とのこと。釧路駅前の飲食店街に行くと、全ての店が閉鎖されている。ここで初めて“地震”の影響に気付いた。こういう情報の豊かなタクシー運転士さんも事態の急変に気付かなかったのだ。

震源地からは遠く、家屋の倒壊など直接的な被害は全くなかった釧路であるが、全道が停電という異常事態は正に想定外であり、その影響が如何なるものか、真剣に考えてみたことはなかっただろう。

仕方なくパンと水で我慢するつもりでスーパーへ出向くと、パンも水も全くない! 午後一時頃には全て買いつくされていた。やむなく昼食はお菓子と炭酸水となった。

気を取り直して次の目的地根室へ行くため釧路駅へ戻ると、JRは不通とのこと。仕方なくバス会社へ行くと、全線不通とのこと。停電すると信号が止まるので、信号が回復するまでバスは動かないそうだ。もはや移動手段はタクシーしか残されていないので、根室までタクシーに乗った。途中のガソリンスタンドでは長蛇の列を作っている。ガソリンの販売制限がされているようだ。

ホテルに到着したが、フロントは異様に暗い。「室内は真っ暗なので懐中電灯をお貸しします。水は出ません。トイレは使用不能です」と言われる。とにかく夕食確保をと外へ出る。やはり、飲食店は全てクローズ。スーパーには、水、パン、果物なし。夕食もお菓子だけとなる。

飲食店では冷蔵庫が使えず、食材の入手も困難となるようだし、ホテルでは給水タンクが上にあるため、水を揚げられないようだ。困ったことは、腰が悪いのにエレベーターが動かず、真っ暗な階段を懐中電灯を手に歩いて昇り降りしなければならないことだった。

今ひとつ一番困ったことは、若干の現金と銀行のキャッシュカード一枚を持っていたが、思わぬタクシー代出費で現金が残りわずかとなり、キャッシュカードに頼らなければならなくなったことである。つまりATMが稼動しているかどうかである。

タクシーの運転士さんが「ストップしているかもしれない」とのことであったが、幸いにも市役所内のATMが稼動していたので事なきを得た。

翌日以降のJR、バスは運行できるかどうかわかりませんとのこと。また食事ができるかどうかもわからないため、一泊二日の旅行に変更し、臨時便で帰京したが、ブラックアウトという全く貴重な体験をすることとなった。

さて、VEはものづくりの基本で、日本の製造業発展の礎となる理念である。企業の価値を高めることは論を待たないが、企業や公共のみならず個人の価値を高める哲学だと考える。

最近読んだ雑誌Newtonによると、「生命とは何か? —生命は進化するものである」など頷ける。ここからは持論だが、生命体の中で何故人間だけがこのような高度文明を築けたのか、それは、人間だけが他の動物と違って自ら進化することを意図したからだと考える。

VEとは何か? 価値を高めることである。これは人生の究極の目標であり、人間としての生きがいであり、価値を高めるためチャレンジすることである。

コストを下げ機能の向上を図り価値を高めることはものづくりの基本だが、チャレンジし楽しんで豊かな心を持つことは人生のVEと考える。

帰路の機内で考えた。VEとブラックアウトと防災について。

普段の日常生活が出来ることに価値(V)がある。ブラックアウトは全てが無となる、価値0(ゼロ)である。電車やバスに乗れる、食事が出来る、明かりもある、水もある、キャッシュカードも使える。これらを機能(F)と考える。これらの機能が麻痺することがないように防災手段を講じる。これがコスト(C)である。

ブラックアウトは、V=F/CにおいてV=0である。Fを維持するためには適切なCが必要であるにもかかわらず、想定外だったという理由でC(防災)対策に欠けていた。そのためにブラックアウトの甚大な被害が発生したのだ。

私が受けた被害はほんの一例で、もっと大きい機能喪失が数多くある。例えば最も厳しいのは病院内患者への治療停滞や北海道酪農の休止、農産物や水産物など一次産業への影響、物資の運搬の停滞など枚挙に遑がない。このようなブラックアウトV=0を回避するための防災は如何にあるべきか。価値を高める理想を追求するVEの適用領域はもっと広いのではないかと思案した。

ブッラクアウトを体験して帰宅後、まず懐中電灯を枕元に置くことを実行した。