健闘を称える(6)  (ゆ)  No.274

こんにちは。公益社団法人日本バリュー・エンジニアリング協会事務局の(ゆ)です。

パンデミックの中での開催を不安がる声が多かった東京オリンピックも、開会から早2か月が経ちました。終わってみると『開催されて良かった』という世論が6割を超えていたそうです。世界中のアスリート達の健闘に勇気づけられた人が多かったからではないでしょうか。

選手達の中でも、6度目の五輪出場となった飛び込み男子の寺内健選手(40)は「レジェンド」と言われています。決勝で12位ながらも会場が総立ちになって彼の健闘を称えたそうです。彼はインタビューで『感動しかない。メダルは取れなかったが、幸せな気持にさせてもらえた』と感謝されていたとのこと。15歳で1966年のアトランタ五輪に出場してからずっと挑戦され続けてこられたことを世界が称賛したのだと思います。

そして、パラリンピックの方でも6度目の舞台を踏まれたのが、女子50メートル背泳ぎ(運動機能障害)決勝で6位に入賞された成田真由美選手(51)です。これまでのパラリンピックでは、金メダルを実に通算15個獲得されたそうです。13歳で車いす生活となった彼女は、23歳で水泳を始め、一旦、ケガで現役を引退するも、東京での開催がきっかけで現役復帰を果たされたそうです。

彼女は、『金メダリストは過去の話。私は常にチャレンジャー』、『6回も挑戦できて、自国開催で終われるなんて。こんな幸せはありません』と話され、『27年間、泳ぎ続けられたのは環境に恵まれていたから』と感謝の言葉が続きました。彼女の47秒という記録は、2004年のアテネ大会で金メダルを獲得した時よりも速いそうです。『目標に向かって挑戦し続けられていることが嬉しい』という彼女の健闘を改めて素晴らしいなあと思いました。

更にもう一人、2008年の北京大会から五輪とパラリンピックの両方に出場されているという、ポーランドのナタリア・パルティカ選手(32)。彼女は、『不可能はない』が信条で、パラリンピック卓球女子シングルスで4大会連続の金メダルを獲得してきたそうです。『五輪とパラリンピックの両方をやってきたことで、多くのことを成し遂げてきた。でも、振り返りはしない。私は常に目の前のやるべきことに集中しようと思っている』という彼女は、2024年パリ大会にも両方への出場を目指すそうです。

逆境を乗り越えてこられた選手達の言葉はどれも心に響きます。自分ではどうしようもない逆境の中、出場された選手達もいらっしゃいます。中でも、陸上こん棒投げで8位に入賞した難民選手団唯一の女性で、最年少代表でもあったシリア出身のアリア・イッサ選手(20)。彼女は、史上初の難民女子パラリンピアンとして歴史にその名を刻みました。そして、『スポーツのお蔭で、自分の身体や運動能力に自信が付き、新しい友達もできた。もし、私のような障害を持った子供がいても、家の中に閉じ込めておかないでスポーツを勧めてほしい』と語ったそうです。

卓球男子シングルスのエジプトのイブラヒム・ハマト選手(48)は、10歳の時に事故で両腕を失ったそうです。口でラケットを加え、ボールを打ち、サーブは球を足の指でつかんで放り投げ、首を振ってスピンをかけて打つという想像もできないようなプレースタイルでした。彼は、『日本は不可能を可能にしてきた国。私も(同じ)メッセージを伝えたい』と語ったそうですが、これは彼が日本の健闘を称えてくださった言葉ともとらえられると思います。

更に、五輪で金メダル9個を獲得された陸上界のレジェンド、カール・ルイスさん(60)が、『今大会のヒーローは日本の皆さんだ。大会成功のため、献身的な取り組みを通じ、素晴らしい機会を世界中のアスリート達に与えてくれた。心から感謝したい』と語られていた新聞記事も目にしました。大会終了後、ツイッターにも様々な国の方々から、困難に直面しながら大会を遂行した日本への感謝が寄せられ、日本の健闘を称えてくださっていたようです。

もちろん、課題もたくさん残った大会だったという指摘もありますが、そういった課題にどう取り組んでいくかについても世界は注目していると思います。下の写真はTVで放映されていた2024年パリ大会の予告の一コマです。大会組織委員会のトニー・エスタンゲ会長によれば、「人々の大会」であることを目指すそうです。どんな健闘が繰り広げられるのかが今から楽しみですね。

Paris Olympic Games Notice 2021.8 photo by y★u

では、よい週末をお過ごしくださいませ。 (ゆ)

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