涙を流す (3)   (ゆ)  No.27 

こんにちは。公益社団法人日本バリュー・エンジニアリング協会事務局の(ゆ)です。

皆様、夏休みはいかがでしたでしょうか?私は、このブログ№5「使命を知る」(https://www.sjve.org/5625)でご紹介した福島の友人の所に行きたいという要望が友人達から出て、有志で再訪してまいりました。福島の友人の友人の方々のお宅に連れていってもらって、天の川も仰げるお庭でのバーベキューで採れたての野菜等をご馳走になったり、生まれて初めて重機を操作させてもらったりといった貴重な体験を楽しんできました。

さて、前回、前々回のブログでお話しした「涙を流す」ですが、大人になると、泣きたい事があったとしても、実際に涙を流すような場面は少ないと思います(私も机につっぷして泣いてしまったのは最初で最後でしたが、まだ若かったとはいえ、回りの方に心配をかけてしまい申し訳ない事をしたなあと今でも思います)。ただ、涙を流すようなすごく辛い事やすごく嬉しい事、すごく感激した事というのは、振り返ってみるととても印象的で忘れられない出来事として心に刻まれています。

今回は、同じ「涙を流す」でも「もらい泣き」のお話です。このブログ№14「旧交を温める」(https://www.sjve.org/6523)でもご紹介しましたが、私の小学校(3クラス合同)の同窓会は大体毎年1回ほど開催されています。4年前の同窓会では、大病にかかられた先生を励ますという主旨で、会場も先生のご自宅近くのお店にして、その先生の他に先生が1人、生徒が20人程集まりました。

その先生は、現役の頃は体育の先生で、いかにもスポーツマンらしく筋肉隆々としたお体と日焼けしたお顔と白い歯が印象的な方でした。ご病気とご高齢のせいで仕方がないのですが、4年前の同窓会では一回りも二回りも小さくなられていて、小学校当時の面影はあまり残っておられませんでした。

同窓会では、寄せ書きの他に、一人ひとりが簡単な近況報告と先生への励ましの言葉を述べました。中には孫のいる同級生もいるくらいですから、励ます皆の方もどこかしら具合も悪く、それなりに人生経験を積んできていることもあり、先生への思いやりにあふれた心優しい素敵な挨拶ばかりでした。

そばで聞いている方も温かな気持ちになりましたが、最後に先生がご挨拶をされるために立たれたものの、感極まられたのか言葉が出ないまま、しばらくの間、ただただ涙ぐんでいらっしゃいました。男性の方が涙を流す事というのは滅多にないと思うのですが、先生が懸命に堪えようとされていた涙からは言葉では表しきれない感謝の気持ちが伝わってきて、思わずもらい泣きしてしまった次第です。

それからちょうど1年後に、残念ながら先生は他界されてしまいました。私も含め同窓生の有志がご葬儀に参列させていただきましたが、立派なお式でした。どの位の生徒達が列席したかは分りませんが、何十年も前の教え子達にも見送られて、先生とされてはお幸せだったのではないかしらと思います。
旅立つ時に「涙を流す」人がどれだけいてくれるかで、その人の「価値」がはかれるかもしれませんね。

では、よい週末をお過ごしくださいませ。  (ゆ)

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